人生は色々なものに例えられます。
ある時には川の流れであったり、ある時には道であったりします。
今回は「ポット」を人生の例えにしてみましょう。
人生のポット
誰にでもこの「人生のポット」は存在します。
その容器は色々なかたちや色や大きさをしています。
もちろん、中の容積も異なります。
それは人それぞれ人種や言語や住む場所や職業や生きる時代が違うのと同じことです。
人生のポットの中に入る「人生のボール」
この中に「人生のボール」を入れていきます。
そのボールとは野球ボールのような大きいものもあれば、ビー玉のように小さなものもあります。
ビービー弾のようなもっと小さなものもあるかもしれません。
カラフルなボールもあれば真っ白なボールもあり、多種多様です。
では、このボールとは何でしょうか。
そう、それこそ「人生で起こる様々な出来事」になります。
大きなボールとは重要で大変人生にとって有意義となる時間の使い方であり、出来事です。
小さなボールとは重要性の低い、どうでもいい雑事のような時間の使い方であり、出来事になります。
ポットの中にはボールを入れていくことができます。
容器の中の容積
なんとなくお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
もし、ポットが小さなボールを入れていくと沢山入るかもしれませんが、大きなボールは途中から入らなくなっていきます。これを人生に例えるなら、小さなどうでもいい雑事で一日の大半の時間を埋めていくようなものです。
本来であれば重要度の高い大事なことは人生の大部分を占めるべきものです。
しかし、先に小さなボールから(雑事)から組んでいくと結果的に大きなボールが入る人生のスペースがなくなっていくのです。
もう説明は必要ないかもしれませんが、一応お話しすると、逆にポットの中に先に大きなボールを入れていくとどうでしょうか。
あとから入れる小さなボールは隙間に入るようなかたちになります。
これを人生に例えるなら隙間時間で雑事を行うような感じになります。
このポットの中の空間は、人生の時間に例えることができます。
ポットの中の容積に限界があるように、人生で使える時間や過ごせる時間も有限です。
ポット(人生)にどんなボール(出来事)を入れるかは自分で選ぶことができます。
どんなボールを入れるかはあなたが選べるのです。
大きなボールを入れてもいいですし、小さなボールでポットを敷き詰めるのもありです。
ですが、何も考えずに小さなボールばかりを詰めていった結果、容積が少なくなった頃に「もっと大きなボールを敷き詰めるべきだったな、失敗した。」と思わないようにしたいものです。
つまり、人生において大事なことは先にやっておかなければいけないということです。
ここは、このお話でお伝えしたい一番大事なことです。
これは食べ放題のレストランと同じです。
もし、食べ放題のレストランに行って、一番食べたい品を食べる前に、サラダバーに夢中になってお腹一杯にして、メインの好きな料理を沢山食べれなかったというようなものです。
メインのステーキが食べれなくなってしまうかもしれません。
だから、こそ好きなこと(ここでいうなら自分にとって大きなボール)から人生のポットを埋めていくべきなのです。
ポットを満タンにすることとは
ポットを満タンにすることが何を意味するでしょうか。
出来事の限界=時間の限界=つまり人生の終焉を意味します。
川で例えるなら、海で流れ着くとでもいいましょうか。
そうやってポットを一つの人生に例えてみるとどうでしょうか。
あなたはどんなボールをあなただけのポットに敷き詰めたいと思いますか?
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