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多くの人へ影響を与えた選手
スカパー公式11/12(月)放送『BAZOOKA!!! 忘れてたまるか 山本“KID”徳郁』の特別編集版。
こちらのVTRでは今年9月に永眠された山本“KID”徳郁選手の人生を親交のあった方々が振り返る内容となっています。
所英男選手を始め多くの選手がKID選手に影響を受けたという事実が分かります。そして、格闘技ブームの一時代をつくりました。
ご冥福をお祈りします。
低身長男子に明日への希望と勇気を与えてくれた選手
KID選手は163センチと小柄ですがその強さとかっこよさで多くの低身長男子に明日への生きる希望と勇気を与えてくれました。
低身長、太っているとか、逆にガリガリとか、身長がでかすぎるのもそうかと思いますが、どこかコンプレックスを持たれている場合が多いと思います。(低身長の私がそうでした)しかし、KID選手が時代の寵児として台頭したことで、「身長が小さくても強くて、かっこよい」これはいわば「低身長男子のスター」でありました。
ちなみにまず私がそうであったからです。私も小柄であったため、大きく影響を受けたひとりでありました。それに関しては詳細は以下でお話していきますが、KID選手の存在は身長が小さい自身のコンプレックスを肯定するものでありました。
山本KIDに憧れを抱いた高校時代
少し長くなりますがお付き合い下さい。
始めて山本“KID”徳郁選手を知ったのは高校3年になる年の春くらいだったかと覚えています。
当時私は高校野球をやっていたのですが、冬季トレーニング期間でウエイトトレーニングをしていた頃でした。
たまたまチームメイトの一人が私を見て「この前のK-1見た?KIDみてえな体しているな。あいつのような筋肉目指せよ」と言われたのがきっかけでした。その時のK1は実は見ていなかったので分からなかったのですが、その後2004年10月13日に行われたジャダンバ・ナラントンガラグ戦を見て衝撃を受けたのを覚えています。
何よりも身長が低いのにメチャクチャ強いし、かっこいい。逆三角形の体、広背筋大胸筋を見て愕然としたのを覚えています。
といいますのも、私もKID選手同様に身長が低く、それが非常にコンプレックスであり、それを持ちながら3年間野球をやっていました。低身長=悪という考えを持っていたのですが、一瞬でその偏見が崩れ去ったというか・・そのパラダイムシフトが起こった瞬間でした。
身長が低くても強くかっこよければ関係ないんだな。そして、やはり筋肉があるだけで身長が低くても非常にかっこよく見えるのだな。
- 身長とその人間の魅力とは決して関係ないという事実
- 身長とその人間の格好良さというのは決して比例するものではないという事実
- 身長が小さくてもスターになれるという事実
それまで「身長」を全ての出来ない理由として結びつけていた私にとっては、KID選手の存在は大きな人生のパラダイムシフトとなりました。
その試合をテレビで見た時はもうすでに部活動は引退していたのですが、その試合を見て「よし俺も格闘技をやろう」と思った次第でした。それまでずっとボクシングはテレビ中継で好きで見てきていたので、ボクシングから始めて打撃の基礎を身につけある程度実績を積んだら>その後総合に移ろうなんて思っていました。
それからは高校から近い地元のボクシングジムに通い始めて打撃習得を志したというのが高校3年の頃でした。
山本KIDに傾倒していた大学時代
大学時代はずっとボクシング部に所属して打撃習得を目指していたのですが、やはり目指すべき存在は憧れKID選手でした。
あの当時はHEROS全盛期でちょうどKID選手がミドル級のチャンピオンになった時期と重なります。
ボクシング競技ではあこそまでのガチガチな筋肉はぶっちゃけ必要ないのですが、KID選手の筋肉に近づくために雑誌でKID選手の特集記事を見つけてはそのトレーニング方法を試してみたり、こういう食品をよく食べていたと聞ければそれを試してみたりしていました。
ボクシング競技をやっていたのに無駄にベンチプレスをやっていました。
KID選手のDVDを買って何度も見返したりしていましたね。その中でタイに武者修行に行くシーンがあるのですが、それを見てキックボクサーの友達に紹介してもらったタイのムエタイ合宿に行ったりしていました。
あとその影響はファッションにも現れます。私、もともとはヒッピホップスタイルではないのですが、影響されてかニューエラキャップを身に着けたり、ゆるめのストリートファッションに目覚めたり、レゲエを聞いたり笑。それくらい当時はかなり傾倒していました。
結果おかげさまで、私の筋肉は大学時代で大きく変わりました。高校時代MAX85キロだったベンチプレスも105キロまで上がり、大きな筋肉へと肉体加増が出来ました。広背筋も肩周りも大きくなりました。またボクシング鍛錬によって打撃技術とアマチュアボクシングでの実績、そして何よりも人としての大きな自信や自尊心を手に入れることができました。
これはKID選手という憧れのヒーローがいなければ成し得なかったことです。それだけ当時の私にとっての影響力は大きかった。大学の1年〜3年の就活まではほぼ全ての行動が「KID選手のようになる」でしたからね。
結局、就職の道を選んだため、総合格闘技の道には進みませんでしたし、ボクシングでの輝かしい実績も積むことはできませんでしたが、私の中では本当に大きな存在でした。もし、格闘技の方に進むとしたら彼のジムの門を叩いていたかもしれませんね。
結局お会いできなかった後悔
社会人になってからは格闘技からは離れたため、今おもえば一度はKID選手主宰のジムなどに入会してはお会いして話してみたかったなあと思います。
後悔先に立たず
といいますが本当にそう思います。
今年2018年5月にイギリスボクシング界の名トレーナー(ナジーム・ハメドを育てた)ブレンダン・イングル氏が永眠されましたが、ずっと会いたいと思っていて5年前に一度会いにいったのを思い出しました。生前会いに行っておいて良かったわけですが、その時にやはり会いたいと思う人には会いたいと思う時にあっておかなければだめだなと痛感しました。
私の青春時代のヒーロー
KID選手は紛れもなく私の青春時代のヒーローでした。
私だけなく格闘技をあの時期に始めたその他多くの方がそうだったんではないかなと思います。
自分の人生の変わるきっかけをつくってくれたスターです。私のコンプレックス・固定観念を玉砕してくれました。
そういった意味では、いちファンとして感謝しかありません。
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